なぜ化学者にPythonが必要なのか?
はじめに
化学メーカーで研究職に従事していると、日々の実験結果のデータ整理や解析、雑務などの定型作業に時間を取られることが多いですよね。
また最近では、従来の実験だけでなく、実験計画法や機械学習による予測モデルの構築、といったデータサイエンスやマテリアルズ・インフォマティクス(MI)と呼ばれるアプローチによるスピード感のある開発が求められています。
上記のような課題に対して、Pythonは手軽に使えて強力な機能を備えたプログラミング言語として、化学者や研究開発担当者の間で注目を集めています。
本記事では、なぜ化学の現場でPythonが必要とされるのか、その理由と具体的な利点について詳しく解説します。
化学の現場が抱える課題
クリエイティブな時間の創出
研究職では以下のような定型作業をやっていませんか?
- エクセルでの生データの加工、整形、転記、解析
- 画像データの加工、解析
- webページから必要な情報の取得、ダウンロード
- 消耗雑品の購入作業
- etc…
一つ一つの作業にはそこまで時間がかからなくても、「塵も積もれば山となる」で、年間で換算すると多くの時間になります。
ただでさえ忙しい毎日なのに、何も考えずにやっている定型作業に研究活動に最も必要なクリエイティブな時間、考える時間を奪われている方は多いのではないでしょうか。
「こんなの私の仕事じゃないのに…」と感じた方。正にその通り。自動化して機械にやらせるべきなのです。
非効率的な開発活動
やはり会社にいると短い時間で最大限の成果が期待されます。「人もろくに与えてくれないのに、そんな開発スケジュールで目標設定されても厳しいよ」と皆様も一度は感じたことがあると思います。
そんな状況で、力業でとにかく思いつく限りの実験条件の候補をすべて実験するような、絨毯爆撃的な手法を採用した結果、体力だけ消耗して目標性能には到達しなかった、なんて経験もあるのではないでしょうか。少なくとも私は経験しています。
そんな非効率的な開発ではなく、実験計画法(DoE)や機械学習によって最小限の実験回数で性能向上を達成することが可能です。
Pythonが最適な理由
上記のような課題の解決策として、業務の自動化や実験計画法、機械学習というキーワードが出てきました。ここでは、そういったキーワードに対して、「なぜPythonなの?」について解説していきます。
シンプルかつ直感的なコード
Pythonは文法がシンプルで、初心者でも読み書きしやすい言語です。そのため、これまでプログラミングを扱ったことがない方でも、短期間で実務に応用できるという強みがあります。
筆者もPythonを勉強し始めて2ヶ月で、実際の現場の定型作業を自動化するプログラムを自作しました。もちろん、それまでプログラミングを触ったことはありませんでした。(筆者の勉強法はそのうち記事にします)
豊富なライブラリ群
プログラミングを扱ったことがない方にはいきなり「ライブラリ」という耳慣れない言葉が出てきましたが、ゲームの「パワーアップアイテム」のようなものと考えることができます。
ゲームを進める中で、特定のアイテムを手に入れると簡単に敵を倒せたり、高くジャンプできたりしますよね。それと同じように、ライブラリはPythonに新しい能力を与えるアイテムのような存在です。
Pythonには以下のような「パワーアップアイテム」があるため、複雑な処理の自動化や高度なデータ解析が誰でも簡単にできるのです。
- Excel操作ライブラリ:
Openpyxl、xlwingsでエクセル操作がPythonで可能になります。エクセル作業の自動化に必須です。 - データ解析ライブラリ:
NumPy、Pandas、SciPyなどのライブラリは、数値計算やデータ加工、統計解析を効率的に実現できます。 - 可視化ツール:
MatplotlibやSeabornを使えば、得られたデータをグラフや図表に分かりやすく表現できます。
他ツールとの比較
Pythonと他のプログラミング言語やツールとの比較をまとめました。この比較から、筆者は自動化やデータサイエンス、マテリアルズ・インフォマティクスを実装したい化学研究者にはPython一択だと考えています。
言語/ツール | 長所 | 短所 |
Python | ・シンプルかつ直感的なコード ・豊富なライブラリ群 ・導入無料!! |
・複雑なソフトウェア開発にはやや制約あり |
Excel VBA | ・エクセル内で直接動作 ・簡単な自動化タスクに適している |
・実行速度が遅い ・機械学習や大規模データ解析に不向き |
MATLAB | ・数値解析とシミュレーションが強力 ・豊富な科学分野向けツールボックス |
・ライセンスが高価 |
R | ・統計解析に優れている ・専門的なデータ可視化が得意 |
・文法が複雑で初心者向けではない |
C++ | ・実行速度◎ ・ハードウェアに近い制御が可能 |
・文法が複雑 ・コードの保守が難しい |
Pythonの優位性:
- 汎用性:ExcelやMATLABと比べても幅広い用途(業務自動化)に対応可能。
- 拡張性:化学者向けの特定ライブラリ(例えばRDKit)が豊富。
- コスト効率:無料で利用可能なのに強力。
実際の活用例
業務自動化の事例
筆者の事例です。以下のような作業をPythonで自動化することにより、年間数百時間の作業時間を削減しました。この取り組みが評価されて、社内人事評価で最高評価を得ることができました。
- ケース①:以下のエクセル及びファイル作業をワンクリックで可能に
測定生データを整形 → データを解析ファイルにコピペ → 所定のフィッティングをかけて係数を算出 → 解析結果をサマリーファイルにコピペ → 生データおよび解析ファイルを所定の場所に保存 - ケース②:以下の試薬在庫管理をワンクリックで可能に
社内の試薬管理システムにアクセス → 自部署の試薬で設定期限を超えているものをリストアップ → 関係者に試薬更新のアラートをメールで送信
機械学習による予測モデル
こちらは企業の成功例です。いずれのケースでも開発期間の短縮にデータサイエンスやマテリアルズ・インフォマティクス(MI)と呼ばれる手法が貢献しています。
- ケース① 住友化学:
耐熱性ポリマーの開発において、13種類のモノマーを使用して共重合体の最適な組成比を見つける必要がありました。その組み合わせは100万通りと実験するには無謀な数でしたが、MIを活用して「ベイズ最適化」という機械学習の手法を用い、データをもとに効果的な組み合わせを予測しながら実験を進めました。
結果、たった4回サイクル(実際の実験回数はわずか10〜20回)でより適切な共重合体を見出しました。これは100万分の10~20の確率で効率的に素早く最適解を見つけたこととなり、MIによる開発スピードの大幅な向上を示しています。 - ケース② 東レ:
材料に求める性能の複雑さが増す中で、これまでの経験や勘に頼る開発では限界がきていると感じた同社は、MIの活用に乗り出しました。「自己組織化マップ」と「マルチスケールシミュレーション」を連携することで、従来は長期間かかっていた新素材の開発を短期間で実現しました。
まとめ
化学の現場では、多くの定型作業に追われながら、短期間での開発が求められるため、Pythonの導入はもはや「選択」ではなく「必須」のツールといえます。
シンプルで扱いやすく、多彩なライブラリを持つPythonを活用することで、業務効率化だけでなく、実験の質そのものを向上させることができます。
本ブログでは、初学者向けにさらに具体的なPythonの使い方や、導入の手順、現場での活用例について詳しく解説していきますので、ぜひご期待ください。